父の一周忌と木を失くしたセミ
木を切った
父の1周忌を終えた春の日に、実家の庭の木を切った。
老いた母が望んだのだ。
玄関前の見通しが良くなり、家の中が明るくなった。
父もきっと喜んでいると思う。
7月に入ると、玄関前で羽化しきれずに息絶えたセミの幼虫を目にするようになった。
ほとんどがクマゼミだった。
静かな夏
新聞を取りに出た朝早い時間に、小道でまだうごめいているのもいた。
夜中に土の中から這い出したあと、上る木をうまく見つけられなかったのだろう。
体半分だけ羽化してみじめな姿で息絶えているのも見た。
なんで今年は幼虫の死がいが多いんだろう、と首をひねっていた。
例年なら何種類もの成虫が激しく鳴いているところだった。
そういえば夏なのに朝から静かだった。
セミの苦難
羽化前の幼虫の死がいを十数匹も見たころだろうか。
あることに気がついて「あっ」と声が出た。
気がついてからは、セミの幼虫が通った苦難を想像して気が滅入るようになった。
嫌な夏になりそうなので深くは考えないことにした。
ところで、切った木が「もみじ」なのか「カエデ」なのかは不明だった。
見わけ方もわからない。
クマゼミがどのくらい土の中にいるのかもはっきり知らない。
これを機に、木の名とクマゼミの土中期間を調べてみた。
木はもみじであることがわかった。カエデとは葉の形が全く違った。
クマゼミが地中で過ごすのは2年から5年だとわかった。
2年と5年ではずいぶん差があるけど、調べるまではだいたい地中7年だと思っていたので、その差の分だけ気が楽になった。
父のつぶやき
そうなのだ。
2年から5年を土の中で過ごしたクマゼミの幼虫は、やっとの思いで出てきた土の外で、這い上がる予定だった「もみじの木」を探して右往左往したはずだ。
そんなことには想像も及ばず「もみじの木」を切った。
セミは木が見つからずに力尽きていった。
父がいたら「可哀想に」と静かにつぶやいたかもしれない。
父はそんな穏やかな性格の男だった。
もう実家ではもみじの紅葉も見られない。
父の2周忌がもうすぐだ。
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