しゃべりーなサイ

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バックパッカー時代の思い出・インド編「アラビア海に沈んだ夕陽」

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バックパッカー旅の思い出インド編「アラビア海に沈んだ夕陽」

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インド・ゴアの安コテージ

朝、コテージを出ると、ひとりのインド人女性がいた。
アラビア海を望むインドのゴア。
砂浜にたつ小さな安コテージに私はいた。

 

日本を出て1年がたっていた。
たいていのことには驚かなくなっていたけど、朝いちばんに部屋の前で座りこむサリー姿の女性は目を引いた。

 

30年前のインドは、いま動画で目にするインドの光景とはずいぶんちがっていた。
女性はサリーかパンジャビドレス、男性はルンギーを身につけていた。もしくは裸。
Tシャツやジーンズ姿のインド人はあまり見なかった。
今よりずっと民族的だったように思う。
つまり旅をするにはそれだけ刺激的、魅力的だった(のではないか)。

半年近くインドを旅していても、インド女性とは話す機会はなかった。
それだけ閉鎖的でナゾの国だった。
だからバックパッカーはそこをめざしたわけだけど。


40前後のその女性は、じっと砂の上にすわっていた。

私が部屋を出入りするたびに目が合い、その都度彼女は力なく微笑んだ。

 

波の音とヤシの木の葉擦れの音、風。
何もかもが心地よかったのを覚えている。

 

彼女は何かを思いつめたようにずっと波の向こうを見つめている。
私はときおり近くにすわって、彫りの深いその美しい横顔を見ていた。

ここで何をしているんだろう。
言葉は通じない。
目が合うたびに互いに頬をゆるませる。
それだけだ。


そうやって昼になった。
彼女は持参の荷物から弁当を取り出して食べた。
チャパティとカレー色のいもサラダ。
質素な食事を質素な所作で食べる。
食べ終わるとまた海の向こうを見つめている。

 

ひとり旅の私は部屋を入ったり出たり。
波打ち際でひとりはしゃいでは戻ってくる。
彼女は表情を変えずにそれを見ていた。

 

人待ち女(びと)

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昼をすぎてヤシの木の影がだいぶ動いたころ、彼女が声をかけてきた。
身ぶりで「何時?」とわかった。
3時。
最初に姿を見てから9時間がたっている。
彼女は朝から一歩も動いていない。

 

ハーモニカを吹いてあげると、今日いちばんの笑顔を見せてくれた。
でもそれはほんとに一瞬で、すぐにまた思いつめた顔に戻る。

 

コテージで働く若者(といっても私もそのころはもっと若かったんだけど)が現れた。
この人、朝からずっとここにいる。
さすがのインド人も驚いて彼女に声をかけた。

 

「人を待っているらしい」
「誰を?」
「3年前に別れた元ご主人らしい」
「え? なんで?」
「あまり聞かない方がいいと思う」
若者に諭されて私は黙った。

 

場所はコテージの前。
時間は「日が沈むまで」
インドらしい(当時の)。

 

いっしょに待つよ

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Gary RossによるPixabayからの画像

 

3年ぶりの再会が私の部屋の前。
時間は朝から晩まで12時間くらいの間。


何かの縁を感じて、一緒に待つことにした。
コテージの若者も並んで待つという。

砂浜を男性が通るたびに私は若者と顔を見合わせた。
で、そのたびに肩を落とす。

日が傾き始めると、彼女は頻繁に時間を聞いた。

 

「朝、暗いうちから家を出て来たそうだ」
夜明け前に弁当をつくって、バスを乗り継いで来たらしい。


若者は遠慮がちに彼女に話を聞いていた。

 

コテージの影が東に長く伸びたころ、何かつぶやいて女性が立ち上がった。
「帰る」という。

 

家が遠いから、今からでも夜中になる。 

 

若者が泣きだしそうな顔をしている。
私に告げてないことで、女性の話に何か感じるものがあるのだろう。


「まだ日は残っている」
私は言いかけて、やめた。

 

女性の小さな背中が消えていくのを私たちは無言で見送った。

 

彼女と若者と私。
3人だけの小さな「ヒミツ共有体」。

アラビア海に沈む夕陽がやけににじんで見えると思ったら、不覚にも…

 

 

残照 

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あほうどりさんによる写真ACからの写真

 

たった1日の小さなできごとだったけど、30年たっても忘れない。

私の人生にとっては大きな事件だったのかもしれない。

あの人はいまどうしているのだろう。

幸せでいてほしい。

 

30年たって、昔の旅も見え方が変わってきた。

別れた結婚相手と3年ぶりに会う約束。
その意味の深さが今は少しはわかるような気がする。
いや、わかりたいだけかもしれない。
ただ、昔は近づけもしなかった人の心に、いまは想像が及ぶようになった。
あくまでも想像。

 

また昔の旅を書こうと思った。